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東京地方裁判所 昭和58年(ワ)100号 判決

原告 新倉まつ

右訴訟代理人弁護士 長倉澄

同 中本照規

被告 小野田登貴恵

〈ほか一名〉

右両名訴訟代理人弁護士 吉野森三

同 勝野義孝

主文

原告の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  (主位的)

(一) 被告小野田登貴恵は、原告に対し、別紙物件目録三記載の建物を収去して同目録一記載の土地を明け渡し、かつ昭和五三年二月一日から右土地を明け渡し済みまで一ケ月金四万円の割合による金員を支払え。

(二) 被告西村ハナコは、原告に対し、別紙物件目録四記載の建物を収去して同目録二記載の土地を明け渡し、かつ昭和五三年二月一日から右土地明け渡し済みまで一ケ月金三万五〇〇〇円の割合による金員を支払え。

2  (予備的)

(一) 被告小野田登貴恵は、原告に対し、金二〇〇〇万円の支払いと引換えに、別紙物件目録三記載の建物を収去して同目録一記載の土地を明け渡せ。

(二) 被告西村ハナコは、原告に対し、金一五〇〇万円の支払いと引換えに、別紙物件目録四記載の建物を収去して同目録二記載の土地を明け渡せ。

3  訴訟費用は被告らの負担とする。

4  仮執行宣言(1の各項につき)

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二当事者の主張

一  原告の請求原因

(主位的請求)

1 原告は訴外吉田瀧次郎(以下「訴外吉田」という。)に対し、大正一五年四月一日、原告所有の別紙物件目録一及び二記載の各土地(以下各々「本件(一)の土地」、「本件(二)の土地」という。)を期間二〇年、非堅固建物所有の目的で賃貸し、右賃貸借契約は、昭和二一年三月三一日の経過により法定更新された。

2 訴外吉田は、本件(一)の土地上に別紙物件目録三記載の建物(以下「本件(三)の建物」という。)を、また、本件(二)の土地上に別紙物件目録四記載の建物(以下「本件(四)の建物」という。)を各所有していたが、昭和二八年四月三〇日、被告小野田登貴恵(以下「被告小野田」という。)に対し、本件(三)の建物を売り渡し、その敷地である本件(一)の土地の賃借権を譲渡し、また、被告西村ハナコ(以下「被告西村」という。)に対し本件(四)の建物を売り渡し、その敷地である本件(二)の土地の賃借権を譲渡した。

3 原告は昭和三〇年五月中旬右譲渡の事実を知り、訴外吉田に対し、訴外吉田が本件(一)及び(二)の土地の賃借権を原告に無断で譲渡したことにつき、一週間以内に適切な処理をしないときには右無断譲渡を理由として原告と訴外吉田との本件(一)及び(二)の土地の賃貸借契約を解除する旨の意思表示をし、右意思表示は、同月二六日訴外吉田に到達した。

4 ところが、被告ら両名は原告に対し、訴外吉田と原告との本件(一)及び(二)の土地についての前記賃貸借契約における残存賃借期間だけ使用させて貰えれば明渡す旨懇願するので、原告は、被告小野田が買受けた本件(三)の建物も、被告西村が譲受けた本件(四)の建物も当時既に老朽化していることから、被告らの右申入れを受諾することとした。

5 そこで、原告は昭和三〇年九月五日、被告小野田に対して本件(一)の土地を、被告西村に対して本件(二)の土地を、各々一時使用のため、期間を昭和四一年三月三一日までと限定して賃貸した。

6 仮に、前項の原告と被告らとの各賃貸借契約が一時使用のためでなかったとしても、原告は、被告らに対し、昭和四一年四月九日被告らに到達した内容証明郵便をもって、前項記載の各賃貸借契約の更新を拒絶する旨の意思表示をしたが、右意思表示については、次の如き正当事由が存する。

(一) 原告の事情

(1) 原告の家族は、原告の夫の経営する会社が、昭和三九年初めころ倒産したため、親戚からの援助によって生活を維持していたが、同年一二月ころ原告の夫が一二指腸潰瘍に罹患したため医療費がかさみ、生活はますます困窮するに至った。

(2) 原告夫婦には五人の子供があるが、昭和四一年四月当時、長男及び次男が大学生、三男及び四男が高校生、長女が中学生であり、その教育費や養育費も多額に及んだ。

(3) 本件(一)及び(二)の土地は、原告の所有する、商業地域内にある唯一の土地であり、これらの土地の明渡しを受けて有効に利用すれば、原告の家族の生活をささえる重要な収入源となる。

(二) 被告らの事情

(1) 被告らは、前記のとおり本件(一)及び(二)の土地の賃借権を訴外吉田から原告に無断で譲り受け、その事実を約二年間隠し続けていたのであって、これは原告に対する著しい背信行為である。

(2) 原告と被告らは、本件(一)及び(二)の土地賃貸借期間につき、前賃借人である訴外吉田の賃借期間の残存期間に限定する旨合意をしていた。

(3) 被告小野田は、昭和四一年四月当時、本件(三)の建物の他にもアパートを所有しており、夫と共にそのアパートに居住していたのであって、本件(三)の建物を所有して、本件(一)の土地を使用せずとも十分生活を維持することが可能であった。

(4) 被告西村は、本件(四)の建物を単に居宅として利用している。

(三) 以上の原、被告ら間の事情を対比すると、本件(一)及び(二)の土地の原告の自己使用の必要性は被告らの必要性より高い。

7 よって、原告は、被告小野田に対し、賃貸借契約終了に基づき、本件(三)の建物を収去して本件(一)の土地を明渡し、かつ、賃貸借契約終了の後である昭和五三年二月一日から本件(一)の土地明渡ずみまで一か月四万円の割合による賃料相当の損害金を支払うよう求めると共に、被告西村に対し、同じく賃貸借契約終了に基づき、本件(四)の建物を収去して本件(二)の土地を明渡し、かつ、賃貸借契約終了の後である昭和五三年二月一日から本件(二)の土地明渡ずみまで一か月三万五〇〇〇円の割合による賃料相当の損害金を支払うよう求める。

(予備的請求)

1 仮に、原告と被告らとの間の本件(一)及び(二)の土地の各賃貸借契約が、昭和四一年三月三一日の経過によりいずれも法定更新されたとしても、右各賃貸借契約は、昭和六一年三月三一日に期間が満了することになるので、原告は、被告らに対し、昭和五八年一月一〇日ころ、各々本件訴状及び内容証明郵便をもって更新拒絶の意思表示をしたが、右更新拒絶については、次の如き正当事由が存する。

(一) 原告の事情

(1) 原告の所有する土地のうち、商業地域内に存するのは、本件(一)及び(二)の土地を含む一筆の土地だけである。

(2) 本件(一)及び(二)の土地を含む一筆の土地のうち、本件(一)及び(二)の土地を除く部分の土地は、原告が、更地の状態で所有し、原告は、右一筆の土地全体を敷地として高層ビルを建築する計画を有している。

(3) 原告は、立退料として、被告小野田に対し金二〇〇〇万円、被告西村に対し金一五〇〇万円を各々支払う旨申出た。

(二) 被告らの事情

(1) (被告小野田の事情)

(ア) 被告小野田は、本件(三)の建物には居住していない。

(イ) 被告小野田は、自己所有の二筆の土地上に、各一棟ずつ二棟の賃貸アパートを所有し、内一棟のアパート内に夫と共に居住している。

(ウ) 被告小野田は、本件(三)建物において不動産斡旋業を営んでいるが、その営業実績及び収益はいずれも低調で、媒介件数が年間約二〇件、受取手数料が年間約五〇万円にすぎず、本件(一)の土地及び本件(三)の建物を使用する営業上の必要性は少ない。

(エ) 本件(三)の建物は、木造で、築後六〇年を経過し、既に老朽化している。

(オ) 被告小野田は、原告から本件(一)の土地を借受けた昭和三〇年九月五日当時、原告に対し、昭和四一年三月三一日限り右土地を明渡す旨原告に約束していた。

(2) (被告西村の事情)

(ア) 被告西村は、本件(四)の建物を居宅として利用している。

(イ) 本件(四)の建物は、木造で、築後六〇年を経過して現在では既に老朽化している。

(ウ) 被告西村は、原告から本件(二)の土地を借受けた昭和三〇年九月五日当時、原告に対し、昭和四一年三月三一日限り右土地を明渡す旨原告に約束していた。

(エ) 被告西村は、昭和四三年六月ころ、原告に無断で、しかも原告が異議を述べたにもかかわらず、本件(四)の建物の改築及び大修理を強行し、また、昭和五四年一〇月ころ台風でその屋根が吹き飛んだ際、原告に無断で屋根の改築及び大修理を行い、原告との信頼関係を著しく破壊した。

2 よって、原告は、賃貸借契約の終了に基づき、被告小野田に対しては、原告が被告小野田に対し金二〇〇〇万円を支払うのと引換えに本件(三)の建物を収去して本件(一)の土地を明渡すことを、被告西村に対しては、原告が被告西村に対し金一五〇〇万円を支払うのと引換えに本件(四)の建物を収去して、本件(二)の土地の明渡すことを求める。

二  請求原因に対する答弁

1  (主位的請求に対する答弁)

(一) 請求原因1の事実のうち、原告が訴外吉田に対し、本件(一)及び(二)の土地を賃貸した年月日並びにその法定更新の年月日は知らないが、その余はこれを認める。

(二) 同2及び3の事実をいずれも認める。

(三) 同4及び5の事実をいずれも否認する。

(四) 同6の事実のうち、原告が被告らに対し、その主張の日にその主張のとおりの更新拒絶の意思表示をしたことは認める。

同(1)の事実については、(ア)は、原告の夫が病気であったことを認めるが、原告一家の生活が困窮していたことを否認し、その余は知らない。(イ)及び(ウ)はいずれも知らない。

同(2)の事実については、(ア)ないし(ウ)をいずれも否認し、(エ)を認める。

2  (予備的請求に対する答弁)

(一) 請求原因1の冒頭の事実のうち、原告主張の法定更新の時期及び期間満了の時期は知らないが、原告が被告らに対し、その主張どおりの更新拒絶の意思表示をしたことは認める。

(1) 同(一)の事実については、(1)の事実は知らない。(2)の事実のうち、原告が本件(一)及び(二)の土地を含む一筆の土地にどのような計画をもっているか知らないが、その余は認める。

(2) 同(二)の(1)の事実については、(ア)の事実を認め、(イ)及び(ウ)の事実を否認し、(エ)の事実のうち、本件(三)の建物が老朽化していることを否認し、その余を認め、(オ)の事実を否認する。

同(2)の事実については、(ア)の事実を認め、(イ)の事実のうち、本件(四)の建物が老朽化していることを否認し、その余を認め、(ウ)の事実を否認し、(エ)の事実のうち被告西村が原告主張のころ、各々本件(四)の建物の修繕を行ったことは認めるが、改築及び大修理を行ったという点は否認し、原告との信頼関係を著しく破壊したことの主張は争う。

三  被告らの抗弁

1  (被告小野田の借地期間の延長)

(一) 被告小野田は、原告に対し、昭和四九年九月ころ、本件(一)の土地上に鉄骨鉄筋コンクリート造四階建の店舗兼住宅を新築したい旨の申し入れをなしたが、原告がこれを拒絶したため、昭和五〇年九月二九日東京地方裁判所に対し、原告を相手方として借地条件変更申立をなした(東京地方裁判所昭和五〇年(借チ)第二六号事件)。

(二) 右申立に対し、東京地方裁判所(民事第二二部)は、昭和五七年一〇月一日、「被告小野田から原告に対し本裁判確定の日から三か月以内に金五一九万円を支払うことを条件として、当事者間の本件土地一についての借地契約の目的を堅固建物の所有目的とするものに変更する。前項の目的変更後の借地権の存続期間を目的変更の効力の生じた日から三〇年に、賃料を右目的変更の効力の生じた日の属する月の翌月一日から一か月一万八五〇〇円にそれぞれ変更する。」旨決定し、右決定は、昭和五八年四月二五日確定した。

(三) 被告小野田は、右決定に従い、同年五月一六日に原告に対し金五一九万円を提供したが、原告が右金員の受領を拒絶したため、右同日、東京法務局に右金五一九万円を供託した。

2  (被告らの更新拒絶の正当事由に対する主張)

(一) 原告の事情

(1) 原告は、本件(一)及び(二)の土地のほかにも近隣に数百坪の土地を有し、それを自宅の敷地の外、四か所の駐車場等として使用している。

(2) 原告の子供たちは、既に全員が成人に達し、原告らの生活が窮するような事情は存しない。

(3) 原告は、被告ら及び近隣住民に対し、昭和六一年三月三一日付の「新倉ビル新築工事概要説明」なる書面を配付したが、右書面には、本件(一)及び(二)の土地を含む一筆の土地のうち、本件(一)及び(二)の土地を除く部分の土地だけを敷地として地上六階建の鉄骨鉄筋コンクリートの建物を建築する旨計画していると記載されており、原告は、本件(一)及び(二)の土地を高層ビルの敷地として利用することを断念した。

(二) 被告らの事情

(1) (被告小野田の事情)

(ア) 被告小野田夫婦には子供がいないため、訴外某夫婦と養子縁組をする約束をしているが、右夫婦と同居するためには、本件(三)の建物を建替えて、広いスペースを確保する以外に方法がない。

(イ) 被告小野田夫婦は、本件(三)の建物の一階部分で不動産業を営んでおり、一日の生活時間のほとんどを右建物で、すごしている。

(2) (被告西村の事情)

(ア) 被告西村は、八〇歳に近い高齢であり、娘と二人で本件(四)の建物に居住し、子供たちの援助によって生計をたてている。

(イ) 被告面村は、本件(四)の建物に長年にわたって居住しており、右建物以外に所有する家屋はなく、他に住む場所がない。

四  抗弁に対する原告の認否等

1  抗弁1の事実は認める。

2  同2の(一)の事実については、(1)及び(2)の事実は明らかに争わない。(3)の事実は、原告が被告ら及び近隣住民に被告ら主張の如き内容の説明書を配付したことは認めるが、その余は否認する。原告は、資金の借入れや入居募集等の関係から一時的に右説明書記載の建物建築の手続を進めておき、本件(一)及び(二)の土地の明渡が完了したら、直ちに当初の計画どおり、一筆の土地全部を敷地として高層ビルを建築する予定にしているのであって、本件(一)及び(二)の土地を高層ビルの敷地として利用する計画を断念してはいない。

3  同(二)の(1)の事実については、(ア)の事実のうち、被告小野田夫婦が、訴外某夫婦と同居するためには本件(三)の建物を建替える以外に方法がないという点を否認し、その余は知らない。(イ)の事実のうち、被告小野田夫婦が、本件(三)の建物の一階部分で不動産業を営んでいることを認め、その余は知らない。

4  同(二)の(2)の事実については、(ア)の事実を認め、(イ)の事実は明らかに争わない。

第三証拠《省略》

理由

第一主位的請求関係

一  原告が訴外吉田に対し、本件(一)及び(二)の建物を期間二〇年、非堅固建物所有を目的として賃貸したことは当事者間に争いがないが、その賃貸年月日につき争いがあるので考えるに、《証拠省略》を総合すると、原告(法定代理人新倉いき)は、被告に対し、大正一五年四月一日、本件(一)及び(二)の土地を含む約五一坪の土地を訴外吉田に貸し渡し、青梅街道の改修に伴い、昭和六年六月に貸し増しをし、合計約七七・八坪を貸すに至ったことを認めることができ(る。)《証拠判断省略》

右事実によると、原告と訴外吉田間の右賃貸借契約は二〇年後の昭和二一年三月三一日の期限を経過することによって法定更新されたということができる。

二  原告の請求原因2及び3の事実については当事者間に争いがない。

三  (一時使用を目的とする賃貸借の主張に対する判断)

1  原告は、被告小野田に対し本件(一)の土地を、また、被告西村に対し本件(二)の土地を、いずれも賃貸期限を昭和四一年三月三一日に限定した、いわゆる一時使用を目的として賃貸した旨主張し、確かに、原告の右主張に沿う原告本人の供述があるが、右供述部分は、《証拠省略》に照らして措信できず、他に右主張を認めるに足りる証拠はなく、却って、前掲証拠によると、次の事実が認められる。

(一) 前項で認定のとおり、訴外吉田は、被告小野田に対し、昭和二八年四月三〇日、本件(三)の建物を売り渡して本件(一)の土地の賃借権を譲渡し、右同日、被告西村に対し、本件(四)の建物を売り渡して本件(二)の土地の賃借権を譲渡した。

(二) 原告は、右各借地権譲渡の事実を、昭和三〇年一月ないしは五月ころ、原告宅の近くに居住していた、当時中野区議会議員であった訴外家令昌紀(以下「訴外家令」という。)から聞いて知り、右各土地の賃貸借契約の解除手続について相談するため、訴外村中清市弁護士(以下「訴外村中」という。)の事務所を訪れた。

(三) 訴外村中は、原告の依頼により、原告の代理人として訴外吉田に対し、昭和三〇年五月二六日に訴外吉田に到達した内容証明郵便により、一週間以内に適当な処理がなされないときには本件(一)及び(二)の土地の賃貸借契約を解除する旨通知した。

(四) 訴外吉田の息子である訴外吉田章造(以下「訴外章造」という。)は、右書面が訴外吉田に到達してから数日中のうちに原告方を訪れ、穏便に解決してくれるよう懇請したため、原告は、訴外章造と共に、二人で訴外村中の事務所を訪れた。訴外村中は、原告の代理人として、訴外章造に対し、訴外吉田又は、被告らが相当の金銭を支払うのであれば賃貸借契約を継続してもよい旨申し向ける等紛争の解決に向けて話し合ったが、その日は合意をみるまでには至らなかった。

(五) 訴外章造は、訴外村中事務所を訪れてから数日中のうちに、被告小野田の父訴外小野田三作及び被告西村の夫訴外西村れい吉を伴って、三人で訴外家令の家を訪れ、前記賃借権無断譲渡の件の解決方を依頼したところ、訴外家令は右申入を承諾し、その旨原告に伝え、爾後訴外家令の家で、原告と訴外章造らとの間で一〇数回にわたって話し合いの機会がもたれた。

(六) その結果、原告、訴外吉田及び被告らは、訴外吉田及び被告らが、原告に対し、本件(一)及び(二)の土地の借地人の名義書替承諾料及び無断譲渡の詫び料として合計一〇万円(内訳は、訴外吉田が五万円、被告小野田が三万円、被告西村が二万円。)を支払うことを条件として、原告は、訴外吉田が、被告小野田に対し本件(一)の土地の借地権を、被告西村に対し本件(二)の土地の借地権を各々譲渡することを承諾し、また、右各賃借権の期間については、従前の訴外吉田の賃借権の存続期間とする旨各々合意し、同年八月六日、訴外吉田及び被告らは、右約定に従って、合計金一〇万円を原告に支払った。

(七) 原告と被告らの本件(一)及び(二)の土地の各賃貸借契約(以下各々「本件賃貸借契約(土地(一))」、「本件賃貸借契約(土地(二)」という。)の存在及び内容を証するため、昭和三〇年九月五日、原告と被告小野田間、原告と被告西村間で、各々土地賃貸借契約證書(前掲乙第一一号証及び同第二三号証)が作成されたが、原告は、その作成にあたり、いずれの證書についても、その第一条に印刷されている賃借期間記載用の不動文字(「本日より満  年」という記載)を削除し、貸借期間について、各々、「前賃借人吉田瀧次郎の借地七七坪五五の内……を継承に付、残存期間昭和四〇年三月三一日(これは昭和四一年三月三一日の誤記)まで」と書き加え、被告らは、いずれも右訂正を承諾した。

2  右事実によると、原、被告ら間における本件(一)及び(二)の土地の賃貸借は、昭和三〇年九月五日新たに一時使用を目的として締結されたものではなく、原告から被告らに対し、訴外吉田から被告らに対する本件(一)及び(二)の土地の各借地権の譲渡を承諾したものに過ぎないものということができる。

3  なお、《証拠省略》によると、被告らが昭和二八年四月三〇日に各々本件(三)及び(四)の建物を購入したのは、当該建物を居宅として居在するためであったこと、原告が、本件(一)及び(二)の土地の借地権譲渡を承諾した際、原告は、被告らが本件建物を各々引き続き居宅として利用する意思であったことを知悉していたこと、本件(三)及び(四)の建物は、いずれもバラック等の仮設建物ではなく、各々木造亜鉛メッキ鋼板葺二階建の建物であり、大正一五年に建築されたものではあるが昭和三〇年当時、残余一〇年程度で朽廃の状態に達すると客観的に認められるような状態ではなかったこと、昭和三〇年九月五日に作成された原告と各被告らとの各土地賃貸借契約證書にも、本件(一)及び(二)の土地の賃貸借が一時使用の為になされたものであることを示す文言は全く用いられておらず、期間が短いことを除けば、一時使用ではない通常の土地賃貸借契約の證書と同一の文言が用いられていることが各々認められ、また、本件全証拠によっても、昭和三〇年当時、原告に、期間経過後本件(一)及び(二)の土地を利用する具体的な必要性又はその計画が存したとは認められないから、本件賃貸借契約(土地(一)、(二))が一時使用の為の賃貸借であったとは到底いえない。

4  してみると、原告の被告らに対する一時使用を目的とする賃貸借であるとの主張は採用できない。

四  (更新拒絶の原告の主張に対する判断)

1  前記認定事実によると、原告と被告ら間の本件(一)及び(二)の土地の賃貸借契約は昭和四一年三月三一日の経過によって、賃貸借期間が満了するが、原告は被告らに対し、被告らに昭和四一年四月九日到達の書面によって、本件賃貸借契約の更新をいずれも拒絶する旨の意思表示をしたことは、当事者間に争いがない。

2  そこで、原告の被告らに対する右更新拒絶に借地法所定の正当事由があるか否かを考える。

(一) 原告の事情について

(1) 《証拠省略》によれば、原告の夫の経営していた会社が昭和三九年一月ころ倒産したこと、原告の夫が同年一二月ころ一二指腸潰瘍を患い、昭和四〇年から訴外三宿病院に通院して治療を受けていたことが各々認められ、右事実によれば、原告方においては、昭和三八年以前に比べて昭和三九年以降は収入が減り、出費が増加する状態にあったことが容易に推認でき、右認定を覆すに足りる証拠はない。

しかしながら、昭和四一年当時、原告一家の生活が困窮し、親戚からの援助によって生活していたという点については、これに沿う原告本人の供述は存するものの、《証拠省略》によれば、原告は、昭和四一年当時、本件(一)及び(二)の土地の近くに、約二九〇坪の自宅敷地のほか、数百坪に及ぶ賃貸土地を所有していたこと、原告は、昭和四四年に至り自宅の敷地の一部を駐車場に用途変更したが、右駐車場には、自動車を一四台駐車できるスペースが存することを各々認めることができ、仮に、昭和四一年当時、自宅敷地以外の原告所有土地は、借地人が存したために処分することが容易でなかったとしても、自宅敷地には有効利用が可能な広い余地が存し、右土地が昭和四四年になってはじめて駐車場として利用されるに至っていることを勘案するならば、この当時、原告一家の生活が困窮し、親戚からの援助を受けなければ生活を維持できなかったという前掲原告本人の供述はにわかに信を措き難く、他にこれを認めるに足りる証拠はない。

(2) 《証拠省略》を総合すれば、原告夫婦には、男子四名と女子一名の計五人の子供があり、昭和四一年四月当時、長男が日本大学、次男が埼玉大学の学生であり、三男と四男が各々高校生、長女が中学生であったことが各々認められ、教育費や養育費が相当額に及んだことも容易に推認でき、右認定を覆すに足りる証拠はない。

(3) 《証拠省略》によれば、本件(一)及び(二)の土地は、営団地下鉄丸ノ内線「新中野」駅の西方約四〇〇メートル、同「高円寺駅」の東方約六〇〇メートルの地点に位置し、各々北側で青梅街道に接面しており、商業地域内に存することが各々認められ、右各土地以外に原告が商業地域に属する場所に土地を所有していないかどうかは、本件全証拠によっても明らかではないが、右各土地を有効に利用すれば、その立地条件からみて、相当の収入源となり得たことは容易に推認でき、右認定を覆すに足りる証拠はない。

(二) 被告らの事情について

(1) 前掲認定のとおり、被告らが、昭和二八年四月三〇日に訴外吉田から本件(一)及び(二)の土地の各借地権を各々譲り受けた際、原告の承諾を得ていなかったこと、昭和三〇年一月ないし五月ころになって、原告が右譲渡の事実を知悉したことが各々認められるが、被告らが、土地賃借権の譲受けにつき故意に隠弊していたことを窺わせる証拠はなく、むしろ、《証拠省略》に記載があるように、被告らは、訴外吉田と原告が遠縁にあたるという話を聞いていたために、借地権の譲渡人である訴外吉田から原告に対し、借地権譲渡の話はなされており、わざわざ自分たちから原告に申し向けるまでもないと思料していたことも十分に考えられるのであって、他に特段の事情も認められない本件においては、借地権譲渡後、原告がそれを知悉するまで約二年が経過したことをもって、被告らの原告に対する著しい背信行為であると判断することはできない。

(2) 《証拠省略》によれば、原告は、本件(一)及び(二)の土地につき、訴外吉田の従前の賃借期間が終了したならば、被告らに明渡してもらいたいと考えていたことは認められるものの、《証拠省略》によれば、他方、被告らは、訴外吉田の従前の賃借期間が終了しても、賃貸借契約は更新できるものと考えていたことが認められ、他に、被告らが、賃借期間を限定し、右期間経過後は明渡す旨承諾したと認めるに足りる証拠は存在せず、以上によれば、原告と被告らとが期間を限定する旨の合意をした事実は認めることができない。

(3) 《証拠省略》によれば、たしかに被告小野田は、杉並区和田一丁目に、宅地(一一八・三三平方メートル)及びアパート一棟(木造二階建、床面積一階二階共、各々七九・三八メートル)を所有し、被告小野田の夫が、中野区本町六丁目に宅地(九二・七一平方メートル)及びアパート一棟(未登記)を所有していることは認められるが、前掲各証拠によれば、被告小野田所有の右アパートは、昭和四三年に新築されたものであり、また被告小野田の夫が所有している右宅地は、昭和四一年七月に被告小野田の夫が購入したものであることが各々認められ、従って、昭和四一年四月当時、被告小野田夫妻は、未だ右各アパートをいずれも所有していなかったと推認でき、被告小野田夫妻が、本件建物に昭和四五年五月まで居住していたという《証拠省略》の記載も十分信用することができるのであって、他に昭和四一年四月当時、被告小野田又はその夫が本件(三)の建物以外に居住すべき建物を所有し、そこに被告小野田夫妻が居住していたと認めるに足りる証拠はない。

(4) 被告西村が本件(四)の建物を居宅として利用していることは当事者間に争いがない。

3  右事実によると、昭和四一年四月当時、被告らは、いずれも本件(一)及び(二)の土地上に存する本件(三)及び(四)建物に各々居住して生活していたと認められるところ、原告は、本件(一)及び(二)の土地以外にも、本件(一)及び(二)の土地の近くに数百坪以上の土地及び自宅を所有しており、本件(一)及び(二)の土地についても単に経済的資本的利用の目的で明渡を求めているのであって、前掲認定の如き原告主張の諸事情を総合勘案しても、現に居住している被告らに、何ら立退料、移転料等も支払うことなしに土地を明渡させて、自らが使用しなければならないほどの切迫した本件土地利用の必要性が存したと認めることはできない。よって、昭和四一年四月九日に原告が被告らに対してなした更新拒絶の意思表示については、正当事由が存すると認めることはできない。

五  以上の事実によると、原告の被告らに対する主位的請求はいずれも理由がない。

第二予備的請求関係

一  原、被告ら間の本件賃貸借契約(土地(一)及び(二))の期限は、前記認定のとおり昭和四一年三月三一日であったところ、原告の更新拒絶の意思表示には正当事由が認められないのであるから、右各賃貸借契約は、法定更新されその期限が昭和六一年三月三一日となったことが認められる。

二  (被告小野田の借地期間の延長の抗弁)

1  被告小野田の抗弁(一)の(1)ないし(3)の事実は当事者間に争いがない。

2  ところで、借地条件変更の裁判は、裁判所が当事者間の紛争を予防し、かつ公益的な見地から当事者間の合意に代えて契約内容を変更せしめ、合わせて財産上の給付や期間の伸縮等の附随処分を行い、当事者の利害を調整して衡平をはかるものであって、右裁判は附随処分をも含め、形成的効力を有すると解すべきところ、右事実によると、被告小野田が原告を相手方として申立てた借地条件変更申立事件(東京地裁昭和五〇年(借チ)第二六号事件)につき、「被告小野田から原告に対し本裁判確定の日から三か月以内に金五一九万円を支払うことを条件として当事者間の本件土地一についての借地契約の目的を堅固建物の所有目的とするものに変更する。前項の目的変更後の借地権の存続期間を目的変更の効力の生じた日から三〇年に、賃料を右目的変更の効力の生じた日の属する月の翌月一日から一か月一万八五〇〇円にそれぞれ変更する。」旨の決定がなされ、右決定は昭和五八年四月二五日に確定し、被告小野田は原告に対し、同年五月一六日、右決定に従って五一九万円を提供し、原告の受領拒絶により右金員を供託したというのであるから、原告と被告小野田との本件(一)土地の賃貸借契約の期間は、右決定により、昭和五八年五月一六日から三〇年間延長されたというべきである。

3  従って、原告の被告小野田に対する本件予備的請求は、その余の点について判断するまでもなく理由がないというべきである。

三  (原告の更新拒絶の主張に対する判断)

1  原告が被告に対し、昭和五八年一月一〇日頃本件(二)の土地の賃貸借契約における更新拒絶の意思表示をなしたことは当事者間に争いがない。

2  そこで原告の被告西村に対する更新拒絶に借地法所定の正当事由があるか否かにつき考える。

(一) 原告側の事情について

(1) 前掲認定のとおり、原告所有の本件(一)及び(二)の土地が商業地域に位置するものであることは認められるが、原告の所有する他の土地が、全て商業地域以外の地域に存在すると認めるに足りる証拠はない。

(2) 《証拠省略》及び当事者間に争いのない事実によれば、本件(一)及び(二)の土地を含む一筆の土地のうち、本件(一)及び(二)の土地を除いた部分は、原告が更地の状態で所有し、原告は右一筆の土地全体を敷地として高層ビルの建築を計画していること及び原告が右一筆の土地上に計画している高層ビルは、鉄筋コンクリート造六階建であることを各々認めうる。

(3) 原告は被告西村に対し立退料として金一五〇〇万円の支払を申入れていることは本件記録上明らかである。

(4) 原告は本件(一)及び(二)の土地の外に近隣に数百坪の土地を所有し、自宅の敷地外四ケ所の駐車場として使用していること及び、原告らの子供達は現在では、既に全員が成人し、原告家族の生活が困窮状態にはないことは、いずれも原告において明らかに争わないから自白したものとみなすことができる。

(5) 原告が被告ら及び近隣住民に対し、被告ら主張の如き内容の「新倉ビル新築工事概要説明」なる書面を配布したことは当事者間に争いがないが、原告が反論しているように、右説明書の配付がなされたからといって直ちに本件(一)及び(二)の建物を高層ビルの敷地として利用する計画を断念したということはできず、本件(一)及び(二)の土地の明渡がなされれば更に接続して当初の予定どおり、本件(一)及び(二)の土地を含む一筆の土地上にビルを建てる計画であるという原告の主張も十分首肯しうるのであって、他に、本件(一)及び(二)の土地上に高層ビルを建てるという計画を原告が断念したと認めるに足りる証拠はない。

(二) 被告西村の事情について

(1) 被告西村が本件(四)の建物に居住していることは当事者間に争いがない。

(2) 本件(四)の建物が木造で築後六〇年を経過していることは当事者間に争いがなく、《証拠省略》によれば、本件(四)の建物が現在では既に相当程度老朽化していることが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

(3) 被告西村が、原告主張の昭和四三年六月ころと、同五四年一〇月ころ、本件(四)の建物の修繕を行ったことについては当事者間に争いがない。

そして、被告西村本人尋問の結果によれば、昭和四三年六月ころの修繕工事の内容は、従来、本件(四)の建物の台所部分の床板をはずして、コンクリートを露出させ、被告西村の夫の仕事場として利用していた場所を、被告西村の夫の死亡に伴い、再び床を張って元通り板の間とした復元工事であることを認めることができ、それ以外の修繕若しくは増改築が行われたと認めるに足りる証拠はないところ、右工事は、原状に復する工事にすぎず、その内容も床板を張るという軽微な工事にとどまるものであって、たとえこれが原告に無断で行われたとしても、原告と被告西村との間の本件(二)の土地の賃貸借契約における信頼関係に著しい影響を及ぼすほどの工事であると判断することはできない。

また、昭和五四年一〇月ころの工事は、《証拠省略》によれば、被告西村が台風によって本件(四)の建物の屋根がふきとばされたために、新しい屋根を設置した工事であると認められるところ、一般に、台風で屋根がとばされた場合、特段の事情のない限り、地主の承諾を得ずとも代わりの屋根を設置することは許されると解すべきであり、本件においては、新たに設置された屋根の材質やその設置方法等が従前のものとは著しく異なる等の特段の事情を認めるに足りる証拠はなく、従って、右工事を原告に無断で行ったからといって、原告と被告西村の本件(二)の土地の賃貸借契約における信頼関係が著しく破壊されたということはできない。

(4) 被告西村は、八〇歳に近い高齢であり、娘と二人で本件(四)の建物に居住し、子供達の援助で生活していることは当事者間に争いがなく、また、被告西村が本件(四)の建物に長年にわたって居住しており、他に所有する家屋もないことは、原告において明らかに争わないから自白したものとみなすことができる。

なお、被告西村本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によると、被告西村の生年月日は明治三九年一一月二三日であり、被告西村は本件(四)建物に昭和六年頃から居住していることを認めることができる。

三  以上の事実によると、確かに、本件(四)の建物は、築後六〇年以上経過した木造建物であり、昭和五四年一〇月ころには台風によって屋根がふきとばされ、ふきかえてはいるが、相当程度老朽化しており、また、本件(二)の土地は青梅街道に面した商業地域に位置しているのであるから、土地の有効利用、地域開発といった見地からするならば、本件(四)の建物を収去して、原告の計画するような高層ビルを建築する方が望ましいことはいうまでもない。

しかしながら、原告は、本件(二)の土地以外に、近隣に数百坪に及ぶ土地や自宅を所有しているのであって、単に経済的資本的利用の目的で本件(二)土地の明渡しを求めているのに対し、被告西村は本件(四)の建物に五〇年以上にわたって居住し、他に居住すべき家屋を所有しておらず、しかも齢八〇歳に達せんとする高齢者で、子供たちの援助によって生活を維持している状態にあることを綜合判断すると、原告の被告西村に対する一五〇〇万円の立退料提供の申出を考慮しても、到底、原告の被告西村に対する本件更新拒絶の正当事由が充足されるものとは考えられない。

四  してみると、原告の予備的請求もまた理由がない。

第三結論

叙上の事実によれば、原告の主位的請求及び予備的請求はいずれも理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 山口和男 裁判官 佐藤修市 定塚誠)

〈以下省略〉

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